No.69 権利範囲:独立請求項の「しきい値」は、必要がなければ数値限定せず、明細書に設定可能な範囲や具体例を複数記載することが重要。
判例No. 69 令和6年(ネ)第10084号 特許権侵害差止等請求控訴事件 (遠隔操縦無人ボート」事件)
権利範囲 出願時でも審査の過程でも、必要がない場合には、独立請求項には、可能な限り、発明を特定することに使用する「しきい値」について数値限定をしないのがよい。そのために、しきい値などの数値は、使用環境などに応じて適宜に設定可能である旨を明細書に記載し、その数値例などを明細書などに複数記載し、審査において独立請求項のしきい値が不明確と拒絶されてとしても、独立請求項でしきい値を特定の数値に限定することなく意見書で不明確でない旨を説明し、更に正式な応答前に審査官に意見書案をみてもらう対応をとるのがよい。
以下は、上記判決に関する独自の見解です。
数値限定に基づく均等侵害の判断
本件では、請求項1に「電源残量が半分以下になった場合に初期位置へ自動回帰する」との事項が記載されており、この半分というしきい値に関して均等論の第1要件および第5要件の充足性が争点となった。
1.判示事項の概要
本件発明(特許3939710の請求項1)と被告製品との相違点について、次のように判断されて、被告製品は本件特許を侵害しないとされた。
(均等論の第1要件について)
本件発明は、遠隔操縦無人ボートの電源残量がしきい値としての「半分」以下となった場合に、自動的に初期位置へ回帰させる構成を採るのに対し、被告製品は「20~30%以下」で回帰させる点で異なる。本件発明の相違点に係る当該構成は、残量が半分を切った段階で確実に回帰させるという作用効果を奏するものであり、本質的構成部分に該当する。よって、被告製品は、第1要件を充足しない。
(均等論の第5要件について)
自動回帰発動条件に係る電源残量を半分(しきい値)よりも下げると、上記作用効果を達成し得なくなるものと認められるので、自動回帰発動条件に係る電源残量を「半分以下」とするもの以外は、特許請求の範囲から意識的に除外されたものとみられる。よって、被告製品は、第5要件も充足しない。
「半分以下」と明確に特定された回帰条件は、特許請求の範囲から他の数値(例えば20~30%)を意識的に除外したものとみられる。すなわち、回帰条件を「半分以下」としたことで、それより低い数値設定は出願人によって明確に排除されたと解される。
したがって、均等論の第5要件(特許請求の範囲から意識的に除外された技術でないこと)も充足されず、均等侵害は成立しない。
2.実務上の指針
本件のように請求項に具体的な数値を記載した場合、その数値範囲を外れる構成について、均等論が成立しない可能性が高い。そのため、以下のような対応が望ましいと思う。
(1)出願時においても審査過程での補正においても、独立請求項では、「しきい値」を具体的な数値に限定せず、「しきい値以下」などの表現を用いる。
例:「バッテリー残量が半分以下になったら」→「バッテリー残量がしきい値以下になったら」
独立請求項に記載したしきい値(又はしきい値として記載した所定値)が、審査の過程で不明確であるとして拒絶されることもあり得る。この場合でも、独立請求項においてしきい値を具体的な数値に限定することなく、意見書でその明確性(例えば所定値やしきい値は、使用環境や使用条件などに応じて適宜に設定できる旨など)を主張し、拒絶理由に対する応答前に、その意見書案を審査官に見てもらう対応をとるのがよいと思う。
(2)明細書や従属請求項において、「しきい値」は、例えば20〜60%の範囲で設定可能である旨を記載し、数値に柔軟性を持たせる。また、このような範囲を、複数、択一的に明細書や従属請求項に記載しておく。
(3)明細書には、「しきい値は、使用環境、使用条件、ユーザーの要求などに応じて適宜に設定可能」と記載しておくことで、独立請求項において、しきい値が特定の値に限定しなくてもよくなる可能性を高くしておく。
(4)更に、しきい値による効果が、特定の値のしきい値で得られるものではなく、しきい値を用いることにより得られるものである旨の記載を明細書に設けておく。
実際に、以下の特許においても、請求項では数値を限定せずに登録されており、明細書には、しきい値は適宜に設定可能である旨が記載されている。
特許7151240号
請求項の記載:「前記蓄電池の蓄電量が第1しきい値以下であると判定されたことを受けて・・・」
明細書の記載:「判定のしきい値として5%及び10%を使用する場合を説明したが、SOCの判定のしきい値は、これらの値に限定されず、任意の値を使用することができる。」
特許5686820号
請求項の記載:「移動速度が第1の所定のしきい値より上であるとき、」など
明細書の記載:「これらのしきい値は、上述の実施形態で与えられる値に限定されず、当業者は、実際の必要に従ってこれらのしきい値を構成することができ・・・」
弁理士 野村俊博
